TYC競技委員会主催2001年度のレース説明会 | |||
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3月4日10時からTYC競技委員会主催の2001年度のレース説明会が開催された。 雨の降るあいにくの天気だったが、120人以上のヨットマンが集まり、今年もレースへの関心の高さが感じられた。レース説明会に先立ち、国際A級審判委員でありアメリカズカップの審判員でもある石井正行氏によりレースルールの説明および新聞にも「舵」にも載っていないアメリカズカップの裏話が披露された。 |
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エピソード1
92年のサンディエゴのアメリカ杯ではスパイ合戦がエスカレートしダイバーによるキールの水中撮影が問題になったが捕らえてみればアメリカ軍の特殊部隊員だった。
暗号解読もエスカレートしこれでは海軍の機密が筒抜けになると軍から抗議された。 |
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エピソード3
95年のオーストラリア艇が真っ二つに折れて沈んだ際、たまたま審判を担当していた石井氏は沈む艇の写真を撮った。これは世界で唯一のスチル写真であった。 というのもスパイ事件の反省からレース中は艇の200メートル以内での写真撮影は禁止というルールがあったからだ。タイム誌に売れば間違いなく大もうけできたけどそれは止めてみんなに写真を配った。 |
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エピソード4
そのオーストラリア艇が沈もうとしていたときクルーは最後まで船を回復しようと試み、実際に沈み始めてから海に飛び込だ。 99年のヤングアメリカ艇も二つに折れたがこの時はクルーは我先に飛び込んだ。ところが船は沈まずチェースボートに曳かれバースまでもどった。 |
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エピソード5
東と西の確執その1。日本艇がチームデニスコナーに負けた時、アメリカの東海岸の高名なヨットクラブのかなり地位の高い人から電話があった。 デニスの艇のラダーはオーストラリア製だ。これでデニスのチームはペナルティを課せられた。 |
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エピソード6
東と西の確執その2。ルイヴィトンカップの準決勝進出の最後の6位のポジションをフランス艇とヤングアメリカが争っていたとき、西海岸のチームであるアメリカワン、アメリカトゥルー、チームデニスコナーはフランス艇にわざと負けるようにした。 微風なのに強風用の小さなセールでレースに臨んだり、追っ手でもスピンを上げないなど、かなり目茶苦茶だったらしい。結果フランスが6位に滑り込み、ニューヨークから来たヤングアメリカは敗退した。 |
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