2001年3月3日午後5時30分 フランス・マルセイユ発
昨年12月31日午後2時(日本時間同日午後10時)にスペイン・バルセロナをスタートした無寄港世界一周最速を争う「ザ・レース」には、世界各国から6艇の大型ヨットが参加していたが、マルセイユ現地時間3日午後20時56分33秒(未公認 日本時間4日午前4時56分33秒)、予想通りクラブメッド号(仏、グラント・ダルトン艇長以下13名乗り組み)がトップを切ってマルセイユにゴールした。
2位のイノベーションエクスプローラ号に約1600キロメートルの大差をつけての優勝だ。
海の英雄たちを一目見ようと、夜にも拘わらず集まった数万の観衆や 海上で出迎えた地元のヨットやボートで、 マルセイユ港は埋め尽くされ、熱気に包まれた。
クラブメッド号の記録は、62日6時間56分。総帆走距離は27,407.9マイル(50,759.4キロメートル)。これは1997年、スポ−ツエレック号(仏)がつくったヨットの世界一周記録 71日 14時間 18分 8秒を、9日7時間22分短縮し、世界記録を大幅に更新した。グラント・ダルトン艇長率いるクラブメッド号はゴール前既に、ケープホーン・赤道間の帆走最速記録をはじめ、3つの世界記録を更新している。
この「ザ・レース」には、英、仏、米、ポーランドからチームが参加しているが、過酷なレースのため、有力艇のプレイステーション号(米)が船体と帆を破損しブラジル沖で早々に棄権。また、別の有力艇チームアドベンチャー号も船体破損とクルーのケガのため緊急入港するなど、予想通り波乱含みのレースとなった。このなかで、クラブメッドは前半戦の赤道からトップを独走、ゴール前既に、ケープホーン・赤道間の帆走最速記録をはじめ、3つの世界記録を更新している。ゴール時には、次に続くイノベーション・エクスプローラー号はジブラルタル海峡後方70マイルを走っており、クラブメッド号はその圧倒的な強さを見せつけた。 2位以下4艇は、いまだゴールを目指して依然熾烈な戦いを繰り広げている。
艇長のグラント・ダルトンは港に作られた特設ステージで「最後の24時間が一番大変だった。 昨晩は悪い風に悩まされた。 勝利の実感が湧いたのは、今日の朝になってからだ。 僕たちのために、土曜の夜にこんなに多くの人々が港に集まってくれるなんて、本当に信じられない。 レース中は比較的スムーズに進むときも、本当に苦労したときもあったが、でもこのレースはファンタスティックなイベントだった。最高のクルーと最高のヨットでレースに望め、ヨットの歴史に新しい1ページを刻むことができとても嬉しい。」とスピーチした。
クラブメッド号控えクルー菊地透さんはマルセイユで「感無量だ。仲間たちの快挙を誇りにおもう」と興奮気味に語った。
「The Race」について
20世紀を締めくくる2000年12月31日、世紀をまたぐ最大のヨットレースがバルセロナからスタートした。世界でもっとも速く世界一周するヨットを決める過酷なレースで、6隻が参加した。
従来のレースと異なり、ヨットのサイズ、クルーの数などヨットの規格制限が一切なく、無寄港(ノンストップ)で世界を回る。スペイン・バルセロナをスタートし、南半球の喜望峰(南アフリカ)、リュウイン岬(オーストラリア)、ケープホーン(チリ)という3つの岬を回って、フランス・マルセイユにゴールする。出場艇はスタート前までに、大西洋または太平洋横断などで、スピード記録を樹立しなければ、「ザ・レース」への参加資格を得られない。
「クラブメッド号」
クラブメッドは、創立50周年を記念しこのレースに参加、スピードの速いカタマラン(双胴船)を建造した。
全長33.5メートル、幅17メートル、帆を支えるマストの高さ41.5メートル(13階建てのビル)、帆の面積は610平方メートル(約400畳)という超大型ヨット。驚異的なスピードはレースで証明された。1日に625.7マイル(1,126キロメートル)を走るというヨットの世界新記録ほか、いくつもの記録を打ち立てた。
クラブメッド号のクルーは6カ国から13名、世界一周レースやアメリカスカップ、オリンピックなどの経験をもつプロ中のプロ。 艇長グラント・ダルトンは43歳、ニュージーランド出身、これまでの航海距離は延べ33万マイル(60万キロメートル)。今まで世界一周レースに5回出場、今回で3度目の優勝となる。
日本の菊地透もクルーとして登録されているが、今回は控えクルーで乗船していない。
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